その一 ご誕生
いまからおよそ千二百年のむかし、奈良にあった都は衰え始め、一部の貴族たちだけが力をもち、人々は苦しい生活をしていました。
そんな頃、のちの弘法大師・空海が讃岐国多度郡屏風ケ浦(さぬきのくに たどごうり びょうぶがうら)にお生まれになりました。
お父さまは佐伯直田君(さえきあたいたぎみ)、お母さまは玉依御前(たまよりごせん)といわれ、お父さまはその地の有力な豪族でした。
ある夜のこと、お母さまが眠っておられるとき、不思議な夢を見られました。青い空の向こうから紫の雲に乗ってインドの僧が現れ
「日本の人々を幸せにするため、立派な男の子をお生み下さい」
と言われ、お母さまの懐に入っていかれたのでした。この夢を見られてから十二ヶ月後にお大師さまはお生まれになりました。
お大師さまは小さな頃、真魚君(まおぎみ)と呼ばれ、生まれつき心優しく大変賢い子供でした。
五、六才の頃は、毎夜蓮の花の中に座って仏さまたちとお話をしている夢を見られ、ご自身で仏さまに大変深い縁があることを知っておられました。
真魚君は、普通の子供とは違い、いつも粘土で仏像をつくり、小さな祠(ほこら)を建ててその仏像を安置して毎日拝むということが遊びのようなものでありました。
日本の歴史が新しく変っていく時代に、お大師さまはこれから大変苦しい修行を積まれ、努力をされて心から人々を救う尊い人生を歩んでいかれます。